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愛あればこそ

宝塚愛をこじらせたヅカヲタの戯言

演出家との相性 ◆ ’15・月組『舞音』

 

Musical『舞音-MANON-』
宝塚大劇場 2015年11月13日~12月14日/東京宝塚劇場 2016年1月3日~2月14日
脚本・演出/植田景子
作曲/Joy Son
主演/龍真咲・愛希れいか
 

『舞音』について書こうと思いながらなかなか筆が進まず...でもいま、東京公演が幕を開けたところで今の思いを記しておこうと思います。

私はもしかしたら身内に厳しいのかもしれない。そして隣の芝生がふっさふさの真っ青に見える性質なのかもしれない。今回はつくづくそう思いました。ただのエクスキューズかな...

ということで、もしかしたら月組ファンの方、まさきさんファンの方からしたら読みづらい内容かもしれません。ただ私の感じたことを書きます。すみません。

 

 

まず、私の中の結論は「景子先生とまさきさんは相性が悪い」ということ。景子先生の作品、今まで何作か観てきたけど『舞音』が一番入り込めない...景子先生の作品決して嫌いではないです。綿密に繊細に書きすすめられたであろう脚本、そしてほとんど破綻のない演出、舞台の作り方もいい意味での女性らしい繊細さが出ていて好きです。ただ景子先生ご自身が自身が女性であることを意識し過ぎなのでは?と思うくらいの男役に肩入れし過ぎ感とか見目形から入り過ぎて流れを澱ませてしまっている感とかはなんとかならんかなーとは思ってます。

そして、今回私が感じた最大の違和感は “演者にアテ書いていない” こととそのくせ “演者ありきで役を無駄に膨らませ過ぎ” なこと。景子先生はきっと好き嫌い...とまでは言わずとも合う合わないが脚本演出に出てしまいがちな先生なのかな...

シャルル。人物設定がファジイ過ぎる。フランス人の大貴族、エリート将校という“ピン”に対してひとりの女のために悪事に手を染めて落ちぶれていく“キリ”への落ち方が雑過ぎてコントラストが分かりづらい。もっとまさきさんなんだから(どういう意味ですか)栄転を断ってトゥーランに異動願いを出す場面、カロリーヌとの婚約話を反故にする場面、阿片の密売に関わる場面、それぞれの苦悩や悪に染まってしまったことへの諦めや開き直り、人としてではなく表現としての悪の部分をもう少し作ってほしかった。そのうえでマノンに対してはもっと無心な、まさきさんの言うところのピュアに愛し抜く感じを今以上に出してほしかった。その方がストーリー展開的にも面白いと思うんだけどなあ...

マノンも同様に中途半端な役設定。景子先生は「決して悪女ではない。無邪気ゆえのこと。」みたいに言ってますが、じゃあ結局マノンはどうしたいの?全くもってマノンの心情が伝わってこない。無邪気ゆえならなぜ「あなたを破滅させるかもしれない」とか言ってしまうのか。その時点で邪気がある。愛を知らない、シャルルに対しても遊びならばなぜシャルルの婚約にあそこまで傷つくのか。まあこの辺は仕方なく自分なりに力技で解釈して観進めてはいるけども。

そして、もうひとりのシャルル。これはもうお耽美好きな景子先生がみやちゃんにやらせたくて作った役としか思えない。景子先生元々こういう役設定お好きだとは思うのですが(愛革の黒白天使然り)でもちょっと演出的に逸脱し過ぎ感否めません。幕開き初っ端からのせり上がり銀橋渡りも、何度とないセンターでのせり上がり&ピンスポも意味不明。あれ見てる人なんの役かわかってくれるのだろうか。シャルルが“理性”ならもうひとりのシャルルは“感情”。それならシャルル本人が感情のままに行動するときには存在する必要はないわけで、もちろん祭りの場面など捌けてくれる場面もあるけどなんかこう存在意義が曖昧でなんとなーく板にのっけている感。そんな無闇な役設定でもちゃんともうひとりのシャルルとして幻影的に存在しようとする、そしてそれが出来ているのはほかでもない、美弥さんの演技力のおかげだよ景子先生。

そして転換にスムーズさがない。あれは松井るみさんの装置ゆえなのかなー。シンプルにアジアンテイストを出したい、そんなコンセプトはよくわかるのですが、転換のたびに気を削がれるのをなんとかしてほしいです。白い布をあれ、もう一枚緞帳際に掛けられなかったのだろうか。盆回して暗転するなら盆が回りきってから演者に捌けさせるわけにはいかなかったんだろうか(次の出番がすぐというならともかくそれだけの時間はあるにもかかわらず)。とにかく本公演でここまで暗転が目立ち、暗転中に演者が捌ける残像が目につく作品はないですよね。

 

誤解して欲しくはないのですが、演者を否定してはいません。決して。メインキャストはもちろん、後ろの端っこの下級生に至るまでいつものように月組らしい芝居心を見せてくれました。そして景子先生の脚本演出も全否定しているわけではなく、確かにこの作品を絶賛する方は多くいるわけで、もはや単なる個人の戯言です。ここまで書いておいて弱気です。

 

まさきさんの芝居。大劇場で数回観劇しました。その時は千秋楽に観てもなお、まさきさんがシャルルになりきれていない感をそこはかとなく感じてしまいました。「くどい、濃い」言われるまさきさんのお芝居ですが、わたしはそんな感情豊かなまさきさんの啖呵芝居が大好きです。ただシャルルを演じたまさきさんにシャルルの感情があまり感じられなくて。だからなのか少し浮いた芝居に感じてしまいました。まさきさん役を掴みきれていないのかな...どうしちゃったんだろ...それが大劇場のシャルルに対しての感想です。

東宝初日。これから1ヶ月半通わなければならない公演に正直どうしようかと思っていました。舞台機構のトラブルがあり舞台が中断、再開するというアクシデントはありましたが、まさきさん、シャルルでした。シャルルでした。二度言いました。長かった...私の中では、ですが、本当に長かった...なにかこう、憑き物が落ちたかのような、シャルルの魂とまさきさんが一体化したかのような。本当に良かった。安心しました。

 

先に言ったような演出に対しての不満はやっぱり残りますが、まさきさんがシャルルとしてちゃぴのマノンを愛し抜く。シャルルを感情に導くもうひとりのシャルル・みやちゃんとシャルルを理性に導く親友クリストフ・カチャ。本当にいい芝居をしています。もうストーリーや演出は深く考えず、まさきさんをはじめ月組の愛すべき面々を愛でていく、そんな観劇にしようと思います。

なによりも、まさちゃぴぃいいいいいいい!!!!!と昂れる舞台はこれが最後かもしれない。信長でちゃぴが何の役をやるのか。濃姫だとしてもそんなにラブラブな絡みはないかも知れない。そう思うとまさちゃぴぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!だけで残りの公演通えます(真顔)。

 

 

なんだかんだひねくれ者の戯言を書き連ねましたが。

 

※すべて個人の感想です。←弱気

 

ご容赦くださいませ...