明日海りおの美の暴力になす術もない ◆ '18・花組『ポーの一族』
エドガーという二次元の美が存在していて、明日海りおという三次元の美が存在していて、そのふたつが同じ時代に存在し交わり合うことの奇跡を神に感謝せずにはいられない、そんな観劇でした。
1972年に「別冊少女コミック」に第1作目を発表以来、少女まんがの枠を超えて幅広い読者を獲得してきた、漫画史上の傑作・萩尾望都の「ポーの一族」が宝塚歌劇に登場する。
永遠に年を取らず生き永らえていくバンパネラ“ポーの一族”。その一族に加わったエドガーが、アランやメリーベルを仲間に加え、哀しみをたたえつつ時空を超えて旅を続けるゴシック・ロマン。
同作品をミュージカル化したいと夢見て宝塚歌劇団に入団した小池修一郎が、1985年に「いつか劇化させて欲しい」と申し出て以来30年余り、萩尾望都があらゆる上演希望を断り続けた幻の舞台が遂に実現する。
冒頭はなんだか『NEVER SAY GOODBYE』みがあるなーこういう演出は石田センセの十八番かと思いきやイケコもなかなかお好きなのねーと思いながらふむふむ感持ちつつ斜に構えて観ていたんだけど一族の群舞からの焦らせて焦らせて焦らせた挙句に満を持して1号セリから薔薇を持ってご登場遊ばされたエドガーなブルーアイズ明日海さんがもうほんとうにあまりにも美しくてすっかり作品世界に入り込まされるやつでした。
そしてそんなビジュアルをしてこの人外エドガーという、望まぬ運命に翻弄され、もがき、苦悩するその役どころがあまりにも明日海さんの魅力を魅力たらしめていて、バンパネラを忌み嫌いながらも愛する妹を守るためにその身を委ね、でもバンパネラと化した自身を受け入れられずに苦悩する一連があまりにも素晴らしかったので、あと何作トップを務められるのかわからないけれど、明日海さんの代表作確定ですねこれ。小池センセがずっとあたためて、ここぞとばかりに明日海りおの花組に当てたお気持ち勝手にお察しします。おめでとうございます。
原作読んだことなくてまっさらな状態からの観劇だったんだけど、ところでこれはいったい誰が幸せになれる話なの?決してハッピーエンドを望んでいるわけではないし、悲恋モノや非業の死を遂げるような話も決して嫌いではないんだけどこのものがたりはあまりのやるせなさがすっごく切なくて、悲しいんじゃなくてつらいんじゃなくて、すっごくせつなくてだから苦しかった。
そのせつなさはきっと、二次元の美をとことん再現した明日海さんはじめメリーベルや男爵夫妻の“永遠の不変の美”を受け入れていくしかないことへの諦めという消極とそれでも獲物を狩らずには生きていけない種の保存欲という積極との対峙が生み出す少しのシニカルさによるものなのかもしれない。家族を失って失意のどん底にいるエドガーが銀橋で「僕はバンパネラ」と悲しそうに歌った矢先に本人が望んだとはいえアランを道連れにするその本能がただただせつなかった。現代になってなお変わらぬ姿で存在するエドガーとアランを見ていて、100年前と全く変わらぬ美しさで笑いあうふたりがあまりに苦しくて泣きました。
途中ホテルが出てきたときにはあくどいホテル王がいきなり踊り出すんじゃないかと思いながらどこかにエコを探してしまったりもした*1し、おどろおどろしい降霊術師が出てきたときには骨を片手に母親の霊と交信でも始めるんじゃないか*2と思ったりもしたんだけど、そんな心配を吹っ飛ばしたのがラストにエドガーとアランがガタガタと()空を舞う懐かしのシンジ*3でした。明日海さん、シンジマスターですなもはやwwww
そして全鬘の恩恵ともいうべきフィナーレのサラサラヘアにブルーアイズの明日海さんがこれまた美しすぎて二幕通してただただ美の暴力を受けるしかなかった無力なわたしに神のご加護を。
ブラヴァツキー(芽吹幸奈)
あえての芽吹さんを入れたのは、単に芽吹さんのことが好きだからです(依怙贔屓)。宝塚の娘役としての上品さを持ちながらの玄人気質な演技、そして美しい歌声。さいきんとっても気になる生徒さんです。こういう生徒さんは行く行くは専科さんでたくさん活躍してほしい。と個人的には思います。
今回は妖しげな降霊術師として独特なメイクと衣装で少しの出演ながらもすっごい存在感を放っていたし、大老ポーと交信しているときの自身がその声を発しているとしか思えないくらいの一樹さんとのシンクロ感がすばらしかった。そしてやっぱり芽吹さんの歌、好きだなーと再認識しました。
フランク・ポーツネル男爵(瀬戸かずや)
今回はかなり美味しい役どころでした。幼くして望まぬ結婚をしたシーラを愛しながら見守り、シーラが成人するのを待って妻として迎え入れ、その後もずっとシーラを愛し抜く。ところでこの人はいつどうしてバンパネラになったんだろう?まるで生まれつきバンパネラであったかのような落ち着きと風格と品があって、でもバンパネラが子を宿すことはないみたいなのできっと最初は人間だったんだろうと思うんだけど一族であることの誇りがここかしこに見受けられて、だからきっとこの人はしあわせなんだろうなーと思いました。
傷を負ったシーラを庇いながら自身も撃たれて果てていくその瞬間も決してシーラを離さない、まあ演出ではあるんだろうけどそんなフランクに惚れました。この人と一緒に居られるならバンパネラに化すことも厭わない、そんなシーラの気持ちがちょっとわかる気もしたり。
メリーベル(華優希)
華優希ちゃんも負けじとビジュアル推しパなかったですね。しかも出番多いしなんならトップ娘より目立っていた気がする。花は100期に音くり寿ちゃんもいるけど今回はすっかり華ちゃん推してきましたね劇団。
物心ついた時から肉親は兄しかおらず、知らぬとは言えバンパネラの一族に育てられたメリーベルの淋しさ、孤独みたいなものがそのビジュアルのかわいさと相まって胸がきゅうぅっってなるやつだったし、兄と一緒にいられるならバンパネラになることになんら躊躇しないメリーベルの兄への愛という名の依存と、そんな妹を目の前に首筋に歯を立てる選択をしたエドガーの苦しさとがせつなくて泣きました。
メリーベルはバンパネラとしての血が薄かったのか?濃かったのか?その辺がよくわからなかったんだけど、十字架突きつけられただけで苦しそうにしている割には体調不良で医者にかかっているところを見ると脈は振れてるわけでしょ?このへんの描写がメリーベルはちょっと判りづらかった...けど、あのまま生きていたらきっとアランとふたり幸せになったんだろうなー。
アラン・トワイライト(柚香光)
今回の柚香氏はいろいろ大正解でしたね。あの前髪をくるんと下ろした金髪もブルーアイズもすっごく似合ってました。登場こそ金持ちのボンボンのクソガキだと思ったけど望まないフィアンセとの結婚や囃し立てられながらも敬遠されている学園生活、家庭不和からくる孤独や淋しさがにじみ出ていてすっごく同情させられる役どころでした。
エドガーがバンパネラだとわかってからもかつてのエドガーのようにバンパネラを毛嫌いしない感じもアランの根にある良くも悪くも人の好さみたいなものを感じたし、バンパネラに化すことは拒否しながらもバンパネラであるメリーベルに惹かれていくサマはちょっとせつなかった。
家族の愛に裏切られ、メリーベルも失い真の孤独に陥ったアランがエドガーと共に行くことを拒まなかったのは人生への絶望だけではなくてきっとエドガーに対する信愛みたいなものが大きかったんだろうなーと、現代になってなおエドガーに向けて屈託なく笑うその笑顔を見て思いました。でもやっぱり、どうせバンパネラとして生きるなら、やっぱりメリーベルと結ばれて欲しかった。アラン、いい子だなー。
シーラ・ポーツネル男爵夫人(仙名彩世)
本来ならもしかしたらメリーベルこそがトップ娘が演るべき役なんだと思うけど、ゆきちゃんの持ち味的にはシーラなんでしょうね。エドガーが「好きな人はいるけど報われない?他の人のもの?なんだ(ニュアンス)」みたいに言ったそのセリフだけがたぶんシーラに向けられたエドガーの恋心を表してたんだと思うんだけど、これは原作でもそういう設定なの?それともコンビ故の演出?
愛する相手がバンパネラだと知ってなおその愛が揺らぐことなく、成人を待ってバンパネラとして愛する人と生きていく道を選ぶシーラには(まあそれまでにはきっとすごい葛藤があったのかもしれないけど)真実の愛、みたいなものと同時に少しの狂気みたいなものを婚約式?の場面では感じてしまったんだけどでもバンパネラに化したシーラはいつでも変わらずフランクを愛し、エドガーとメリーベルを慈しむ聖母のようで、鏡に映らずとも脈が振れずとも、内に秘めた清純、みたいなものを感じました。適役。
エドガー・ポーツネル(明日海りお)
いやあ、もうただの美の暴力でした。明日海りおの美を煮出して上澄みを取って凝縮してみましたけどどうですか観客のみなさん!みたいな美で、明日海さんの究極のところを見せ付けられた感しかしませんでした。ほんとすごかった。
加えてあの自身ではどうしようもできない葛藤、苦悩。そんな演技を演らせたらこの人の右に出る者はいないくらいには明日海りおの真骨頂だったしだからそんな苦悩を抱えながら歌う歌も胸を締め付けられるほど素晴らしかった。
愛する妹のためにあれほど忌み嫌っていたバンパネラにその身を委ね、そんな自分自身をも否定しながら結局は本能に負けて花売り娘に歯を立ててしまう。その時の自虐感から妹に歯を立てた時の諦めとも受容とも取れる心情、そしてそこからのアランに歯を立てた時のバンパネラとして生きていくことへの覚悟。そんなエドガーの心情の動きがそれぞれで見てとれて、最後のアランに歯を立てる時の表情は特に冷たくて美しくてゾクゾクしました。
ほんとうに、明日海りおに演らせるためにある役。素晴らしかった。
*****
大老ポーを演じた一樹千尋さんはもう人外かつ大老をやらせたらこの人の右に出る者はいないんじゃないかと思うくらいには妖しい一族の長たるに相応しかったしなによりご登場までの数分間、あの棺の中に身をひそめているのはほんとうにすごいと思いました。『エドワード8世』の冒頭のきりやんもだけど、閉所&暗所恐怖症のわたしはちょっとタカラジェンヌにはなれないな...とちょっと凹みました(※心配せずともタカラジェンヌにはなれない)
そして、ナガさん。62期生として研40を超えての宝塚人生ほんとうにお疲れさまでした。かりんちょトップ時代には副組長として支えてくださり、真咲さんトップ時代には組長として支えてくれました。ナガさんの優しいおとうさんのようなふんわりした包容力がだいすきだったし、おいくつになられてもキレッキレのダンスと伸びやかな歌声を保っていらしたそのストイックさにはただただ尊敬しかありません。ナガさんのこれからに幸あらんことを!!!
ミュージカル・ゴシック『ポーの一族』
宝塚大劇場 2018年1月1日~2月5日 / 東京宝塚劇場 2018年2月16日~3月25日
原作:萩尾望都 / 脚本・演出:小池修一郎 / 作曲・編曲:太田健 / 編曲:青木朝子 / 音楽指揮:佐々田愛一郎 / 振付:若央りさ・桜木涼介・KAORIalive・鈴懸三由岐 / 擬闘:栗原直樹 / 装置:大橋泰弘 / 衣装:有村淳・加藤真美 / 照明:笠原俊幸 / 音響:大坪正仁 / サウンドプログラマー:上田秀夫 / 小道具:今岡美也子 / 映像:奥秀太郎 / 歌唱指導:飯田純子・やまぐちあきこ / 主演:明日海りお・仙名彩世