愛あればこそ

愛あればこそ

宝塚愛をこじらせたヅカヲタの戯言

日本初演50周年おめでとうございます ◆ '17『屋根の上のヴァイオリン弾き』

得てして押し出しが強くなりがちなミュージカルのエンタテインメント性はこの作品にはほとんどなく、どちらかというと内に内に引きこみながらもでも核の部分で沸々と何かが煮えたぎっているような、コメディ要素がありながらも静かで重い作品でした。

「いつ落っこちて首の骨を折ってもおかしくない、そんな不安定な屋根の上で愉快に音楽を奏でている、それが俺たち、ユダヤ人なんだ。*1

屋根の上で愉快にヴァイオリンを弾く、道化師にも見えるヴァイオリン弾きと共に語られる幕開きのセリフ。ユダヤ人がユダヤ人であることへのある種の諦めと少しの誇りの中で日常を必死に生きている、まさにそんなストーリーでした。

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1905年―帝政ロシアの時代、アナテフカという寒村で酪農業を営むお人好しで働き者のテヴィエ(市村正親)は、信心深くて、楽天家で、25年連れ添っている妻のゴールデ(鳳 蘭)には頭が上がらないが、5人の娘たちを可愛がり、貧しいながらも幸せな日々を送っていた。 長女のツァイテル(実咲凜音)、次女のホーデル(神田沙也加)、三女のチャヴァ(唯月ふうか)、年頃の娘たちの今の最大の関心事は、自分たちの結婚について。今日もイエンテ(荒井洸子)が、ツァイテルに縁談を持ってきている。娘たちは気もそぞろ。娘たちにとっても、姉さんが早く結婚を決めてくれないと、自分たちに順番が回ってこないからだ。だが一方、ユダヤの厳格な戒律と“しきたり”に倣い、両親の祝福が無ければ結婚は許されない。 そんなある日、金持ちで肉屋のラザール(今井清隆)からツァイテルを後妻に迎えたいと申し出を受けたテヴィエは、酔った勢いでついつい結婚に同意してしまう。長女の結婚相手が見つかったことで妻のゴールデも大いに喜んだが、当のツァイテル本人には仕立屋のモーテル(入野自由)という相思相愛の存在があった。ツァイテルとモーテルの熱意に心を動かされたテヴィエは、ついに若い二人の結婚に同意する。が、結婚の許しを同時に二つも出してしまったテヴィエ、ゴールデやラザールに何と切り出せば良いのやら…。さらには、次女ホーデルは革命を志す学生のパーチック(広瀬友祐)を追ってシベリアへ旅立ち、三女のチャヴァはロシア人学生のフョートカ(神田恭兵)と結婚したいと言い出し駆け落ち同然で家を飛び出す始末。そしてテヴィエ一家にも、革命の足音と共に、故郷を追われる日が刻々と迫っていたのだ―。

 

市村さんすごかったー!ぶっちゃけ、滑舌は悪いし歌も往年の頃と比べたら張りがなくなったのかなーとも思いながらも場の空気を掻っ攫っていく感はさすがでした。信仰心篤く、“しきたり”を誰よりも重んじ、いつも前向きに生きているテヴィエ。そんなテヴィエの重んじる“しきたり”を次々に破っていくのは他でもない、愛する娘たち。そんな神への信仰心と家族への愛情との間で揺れる父親を時に面白おかしく演じていました。

しきたりー。ユダヤ人がユダヤ人として生きていくために守っていかなければならないもの。そんなしきたりによって楽しく慎ましやかに生きているユダヤ人が最後に彼らが大事に守ってきたしきたりによって皮肉にもその進路を断たれる...そんな切ないストーリーが冒頭と終盤に歌われる同じ歌でも全く違うしきたりの歌で表現されていて、だから終盤のしきたりの歌がすごくわたしの胸を締め付けました。

娘の結婚相手は父親が決めるー。そんなしきたりを破り自分の選んだ愛する男性と結婚したいと訴える長女ツァイテル。神との対話の末にそんな娘の願いを受け入れるテヴィエの父性がすっごい沁みたし、だからそんなふたりの結婚式に乱入したロシア役人たちの惨さがあまりにも腹立たしくて両親がなけなしの金で買ったふたりへの贈り物を無惨に壊しにかかるその酷さと両親の胸の痛みを思って泣きました。

革命思想を持った青年パーチックに恋し、結婚を願う次女ホーデル。収容所に捕われたパーチックを追ってテヴィエのもとを離れるホーデルに次はいつ会えるかわからないと知りつつも背中を押すテヴィエ。そして絶対の反対を押し切りロシア人フョートカのもとに去った三女チャヴァに対するテヴィエの愛情にも泣かされました。そしてなによりも妻ゴールデを演じた鳳蘭さんとの本当に長年連れ添ったかのような阿吽の呼吸というか、絆と信頼が垣間見えたし、妻に愛を問う場面のいかにも長年連れ添ったちょっとくすぐったい夫婦感があまりにも素晴らしいやつでした。

 

同じ土地に一緒に暮らしながら交わることのできないロシア人とユダヤ人。そんな中幼いころから一緒に育ってきたロシア役人とテヴィエのやり取りがあまりにやるせなくて胸が痛みました。幼馴染の友人を迫害しなければならないロシア人とそのつらさをわかるが故にすべてを受け入れて住み慣れた土地を出ていくユダヤ人。テヴィエ、ゴールデと残されたふたりの娘、そして長女夫婦がそれぞれ別の土地で生きていく決意をする。そしてパーチックのもとにいるホーデル、ロシア人とユダヤ人の軋轢に耐えかねこちらも土地を出ていく決意をしたチャヴァとフョートカ。それぞれがそれぞれの行く先でどうか幸せになってくれますように...と願わずにはいられない、そんな終幕でした。

 

実は約20年前に長女ツァイテル役をカリンチョがしているんだけどちょうどわたし海外に暮らしている時で観ることは叶わなかったので、舞台としては今回が初観劇になりました。ただ映画版は一度観たことがあって、その時にすっごく耳に残っていた「サンライズ・サンセット」が今回もとても心に残りました。結婚式で歌うには少し影のある歌で、だけど陽は必ず昇るー。そう信じて前だけを見て生きていこうとする、まさしく屋根の上のヴァイオリン弾きのような不安定の上に成り立つ幸せを感じさせる歌でした。

 

ユダヤ人の慣習?

ツァイテルとモーテルの結婚式で見られた、新郎がワイングラスを踏みつけるシーンが印象的でした。これはユダヤ教の結婚式での慣習のようで、司祭様が祝福を与えたワインで乾杯をした後、そのグラスを床に置き新郎がかかとで踏み砕く、それが結婚式の流れのようです。

それと、テヴィエ一家が家に出入りするたびにドアの横のものに触れ、キスをしていたシーン。あれは「メズーサ」というユダヤ教のお守りみたいなもので、悪いことが家に入って来ないように、神様のお恵みがありますように、という願いを込めて、ドアを通る度に触れて、その指にキスをする。そんな風習によるもののようです。皆当たり前のようにその一連の動作をやっていることがユダヤ人の信仰心の篤さを物語っているようでした。

 

みりおん、がんばってたよー

ずっと男役がやってきた長女役を今回みりおんが演る。まあどれだけ男勝りな役だろうと思いながら観たからか、長女気質のしっかり者ではあったけれど、みりおんとっても似合ってました。ただ、ちょっと歌が少なかったのが残念でした。みりおんの美しい歌声をもっと堪能したかったなー。

 

*****

全体的に、ちょっと間延びし過ぎな場面がところどころにあったのが残念だったけどでも切ないけど家族愛溢れるとってもよい作品でした。長く愛され、公演し続けてきたのもわかります。日本初演50周年、おめでとうございます。

 

 

ミュージカル屋根の上のヴァイオリン弾き

日生劇場 ミュージカル 『屋根の上のヴァイオリン弾き』

日生劇場 2017年12月5日~12月29日

台本:ジョセフ・スタイン / 音楽:ジェリー・ボック / 作詞:シェルドン・ハーニック / オリジナルプロダクション演出・振付:ジェローム・ロビンス / 翻訳:倉橋健 / 訳詞:滝弘太郎・若谷和子 / 日本版振付:真島茂樹 / 日本版演出:寺崎秀臣

 

 

*1:セリフはニュアンスです