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愛あればこそ

宝塚愛をこじらせたヅカヲタの戯言

絶対的レジェンド感と“死”の存在感にただただ圧倒されまくる ◆ 「エリザベート」雑感

舞台雑感 外部舞台

 帝国劇場に行ってきました!

 
いつものように会社を出て電車に乗って有楽町で下車して...
慣れって怖いです
無意識に足は東京宝塚劇場方面へ向かおうとしています
形状記憶合金が入っているのか己の足は...
 
なんとか軌道修正して帝劇に到着したもののなんだろこのめっちゃアウェーな感じ...
 
もぎりを探してキョロキョロ
トイレ探してキョロキョロ
キャスト表探してキョロキョロ
座席表探してキョロキョロ
 
...いや、決して初めてではないんですけどね帝劇
もはや目を瞑ってでも歩ける(ほんとですか)東宝とはなにもかも違っていて(あたりまえです)いろいろ済ませて客席についた時点で「Mission accomplished!!」なやり遂げた感に満たされてもう帰ろうかと思いました(真顔)
いや、これからが本番だってば...しっかりしてください(すみません)
 
 
で、この↓キャスト回を観てきました

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まぁほとんど意味のないなんのためにもならない前置きは早めに打ち切って(大変よいことです)いざ感想などを
 
 
エリザベート(シシィ) by 花總まり
 
初演のシシィから実に...19年!?ぶりですよ
いまお花様おいくつでしたっけ?
いやぁそんなご妙齢(失礼)とは思えぬほど幼少期のシシィのキュートっぷりたるや(震)
パパに甘えて縋る姿とか?バートイシュルでの大きなマカロン二つ持ちでご満悦な姿とか???可愛いにも程があるってもんです...幼い声も全く無理がなくホントもう流石のレジェンドです真似できません...(しなくてよろしい)
 
実年齢の1/3装って何の違和感もないのって森光子さんかデーモン閣下かお花様くらいなもんですよ(デーモン閣下は1/3どころじゃないけどな...)(いやそもそもの実年齢と言ってるのがアレだけどな...)
 
そこから二幕ラストの「夜のボート」に至るまでの年の重ね方がすばらしいです
声、雰囲気、立ち姿、表情...少しずつ少しずつ違和感なく年を重ねていく感じがホントすばらしかった
 
歌唱は...宝塚版でのシシィは映像で観たのみですが透き通る高音が本当にすばらしかったけれど、やっぱり外部の歌唱は娘役歌唱とは違って滅法難しそうでした
されどお花様そこはお花様少しだけ歌唱に難儀しながらも迫力は凄かった!
...って厳しめに言ってますけど、レジェンド花總だから求めるものも期待するものも大きいがゆえの感想です
全体的には本当に素晴らしかった!できるならレジェンドシシィもう一度観たかった...
 
 
▼黄泉の帝王トート by 井上芳雄
 
もう歌が!歌声が!素晴らしい!!!
そして板の上に立つ姿はもう黄泉の帝王そのものです!!!
 
舞台って、ストーリーを観客に伝えることはもちろん大切だけど、ストーリーを伝えるだけならばなにもナマの舞台ではなくて映像で足りるわけで
じゃあ観客はなにゆえ大枚叩いてまでもナマの舞台を観に来るかって、数メートル先でリアルに行われているパフォーマンスをエンタテインメントとして愉しみたい、視覚的聴覚的感覚的に多方向から演者と彼らが創り上げる舞台を感じたいがゆえだと思うんです
 
話が逸れたわけではなくて(お得意ですよね)(すみません)何が言いたいかって、井上芳雄さんの見せ方!魅せ方と言ってもいい!
ストーリーという土台を揺るがすことなくトートという骨組みにありとあらゆる井上風装飾を重ねていて、それが結果揺るぎない”死”としてそこに居るのです
 
一部で城田トートと比べてしまうせいか、ビジュアル面での手厳しい言葉を目にしたりしますが、トートって“死”だよ!!?!アイドルでもなければ生徒会長でもない(そもそも当時のウィーンにアイドルがいたかどうかってのはツッコまないで)(あ、生徒会長もね)
日本で“死神”と言えばうだつの上がらないおっさんが猫背で白いヨレヨレの着物で額にろうそく立てて死にそうな人の周りをストーカー紛いにうろちょろするアレですよね(違います?)
トートだって似たようなもんです
絶対的“陰”の存在であるからこそその対比としてのシシィがより美しく映えるのです
 
それをね、芳雄トートは体現しているの!!!
少なくとも私にはそれがすごく感じ取れて最高のトートでした!!!
 
 
▼暗殺者ルキーニ by 山崎育三郎
 
いやあ、新陳代謝っていいですねえ(しみじみ)
ずっとお兄ちゃん(※高島政宏さん)政権が続くのかと心なしうんざりしていたもんで今回は新キャスト育三郎さんを観るのが楽しみのひとつでもありました
 
私にとってのルキーニって
轟-紫吹-龍 の系譜からくるルキーニがしっくりくるわけで、
育三郎さんのルキーニはどちらかというと
湖月-霧矢-望海 の系譜に属すると思うんです
 
全くの個人的感覚だけど、前者は“イッちゃってる”ルキーニ、後者は“頭の切れる”ルキーニ
 
これまた贔屓目パウダー25%増量的に言わせていただくと
私やっぱりルキーニには“狂気”を感じたい
龍真咲さんのルキーニは宝塚の男役として守らなければならないビジュアルラインを気持ちよく超えたクレイジーな演技・表情のオンパレードで、でもそれがゆえに“トート”という存在がルキーニの狂気が生み出した幻影なのかはたまた実在した死の権化なのかを考えさせられて、ストーリーテラー的な役割もあってよりミステリアスな作品になっていると思っています...それがいい悪いは観る者の主観に過ぎないけど、私はそんなルキーニを演じたまさきさんにただただ凄いもの見せられた感で役者としてのまさきさんの凄さを思い知らされた瞬間でした...おっと贔屓目パウダーちとふりかけ過ぎましたね(えへへ)
 
でもって育三郎さんはその“狂気”があまり感じられなかった...
 
もちろんこれは観る人の好みだと思います
ただ、私にはグッとこなかった
 
でも育三郎さんの芝居は好きです観る者の心に台詞がすっと入ってくる感じ
”頭の切れる”ルキーニとして視点を変えてみればとても素晴らしい芝居を見せてくれたと思います
 
 
そしてやっぱり外部の舞台の質の高さに驚くばかりです
宝塚が質が悪いってわけではないけどやっぱりハタチそこそこの女の子たちがたった2年のレッスンでプロの舞台にあがるわけで、しかもどんな作品が来ようと、役の色に合う演者がいようがいまいが演者は同じ、さらには主演も同じ。宝塚って本当に独特な文化だなあと改めて思いました
外部の舞台は作品、役ありきで演者をセレクトしていく...そして選ばれる役者はプロ中のプロ...そりゃ”技術”という括りでは宝塚は到底適いません
 
でもまあ、そこは土俵が違う。
決して質を落として良いということではないけれど、観客が求めるものがそもそも違いますからね...宝塚はやっぱり、いい。うん。
 
(完)